「バットマン ラストエピソード」の衝撃


最終回と聞くと、皆さんは何を思い浮かべますか?物語の締めくくり、登場人物たちの関係性の完結、そして最終的なテーマの回答などが出てくると思います。これは長きにわたる積み重ねが在ってこそ、成り立つ要素であり、中途半端な知識では理解が追いつかない部分が多々存在することもあります。今回紹介する「バットマン ラストエピソード」もそんな作品の一つでありました。

今作は正真正銘バットマンの最終回を描いた作品であります。通常、半永久的に物語が続くアメコミとしては、(引退後を舞台にした作品等if設定の)外伝作品であるとは言え、本当にヒーローの死を描く試みは非常に珍しい物で在ったと言えます。これには、アメコミの伝説的な作家アラン・ムーアの「スーパーマン ラストエピソード」の影響が色濃く反映されています。この作品において、ムーアはスーパーマンという存在の本質を掘り下げていき、高い評価を得ました。この影響下にあった本作は、ライターであるニール_ゲイマンの特色を加えつつ、バットマンの「死」と終わりの物語を通して、彼の「存在」の「再定義」をなす物語となっていました。

某日。ゴッサムのとある小さな店で葬式が開かれていた。葬儀に参列する人物は、セリーナ・カイル=キャットウーマンやジョーカーに始まる大物ヴィランや、ゴードン警部やディック・グレイソンといった法と秩序の守護者など、個性豊かなメンツであった。彼らが囲む棺の中には、グレーのケープに包まれた男が横たわっていた。彼こそバットマンその人である。参列者はバットマンとの出会いと死の物語を一人、また一人と語ってゆく。セリーナは現実離れした恋心を抱いたあまりにバットマンを手にかけた過去を、名執事アルフレッドはコウモリの狂気に囚われたブルース・ウェイン=バットマンの心に「戦い」という生きがいを与えようとするあまりピエロの仮装をしていたことを…。ジョーカーが、ゴードンが、そしてスーパーマンが。各々が彼との複数の思い出を語っていく。そして、それを一人遠く見つめる一つの「声」があった…。

バットマンの複数の死と謎の声。まるでミステリーにおける謎解きのようなこの二つの要素は、今作のテーマである「存在の再定義」を語るに非常に重要な役割を担ってきます。まず、この声の正体はバットマン本人です。彼は自分が認識しているはずの歴史と、人々の語る歴史が微妙に異なっていることに疑問を抱きます。また、自分という存在の「出会い」と「死」が複数存在することにも混乱します。それを象徴するかのように、場面ごとに異なった姿のバットマンが描かれていきます。ここにきて彼は各々の見つめる「バットマン」という物語の根底に存在する信念は不変的なものであることに気がつくのです。つまり、ここで語られた複数の物語とは70年という長きに渡る歴史の中で幾度となくその「終わり」と「始まり」が描かれてきたバットマンサーガそのものであり、その戦いにまた一つの終止符は打たれたことを意味していのです。つまり、本作で描かれた「バットマン」とは「永遠に生き続ける存在」であり、一つの神話的な物語性を帯びた「存在」で在ったことが受け取れます。神話の常と言えるものが「再誕」です。ある種の伝説として描かれたバットマンの「終わり」の物語も、最終的には「再誕」を果たすことで、物語は帰結します。

この真実に気付いた時、別の「声」がブルースを導きます。声の主はブルースの母、マーサ・ウェイン。彼女はブルースを真実へと導くと同時に、バットマンという存在がこれからも語り継がれる伝説であることを告げていきます。「それまでのバットマン」に別れと告げ、「これからのバットマン」に希望を託した彼は「今のバットマン」としての苦悩から解放され、安らぎを与えられたのです。

「もう戦わなくていいの。ほんの数年の間だけにせよね…。終わったのよ。」

このマーサのセリフはとても印象に残っています。ここからは、母としてのマーサの優しさと共に、終わりなき戦いに身を投じるヒーローへかけられた、読者やライター方のメッセージのようにも思えてきます。ここにきて、彼女が母親として、ブルースの伝説の終わりを告げる天使のような役割を担っていると共に、読者の声を代弁する語り部のような存在であったことが理解できます。また、母親とは「誕生」や「命」の象徴でもあります。彼女の登場で物語が終わりを迎えるということは、すなわちバットマンの「存在」を「再誕」させることを示唆しているのです。つまり彼女は物語上におけるメッセンジャーであると同時に、非常にメタ的な存在としても描写されているのです。

最後にブルースはマーサの声に導かれ、ゴッサムの仲間たちに別れを告げていきます。最後に夜空に重なるバットシグナルは、文字通り「星になって」消えてゆく場面は非常に幻想的で、まるでおとぎ話のラストシーンを見ているかのように思えました。そして、バットシグナルの消失と、それに続いて誕生した赤ん坊と共に物語は再び幕を開けます。赤ん坊を傍らに抱く女性は彼に優しくこう告げるのでした。

「こんにちは、ブルース。こんにちは」

 

 

 

<余談

実は僕、この作品の購入をずっと渋っていました。確かに、映像化された作品や翻訳コミックなどを読み、作品に対する理解を深めてはきました。しかし、80年という長い歴史を持つヒーローの最終回を読むには自分の知識が乏しいと考えていたのです。この歴史の中には、単純な資料だけでは知ることのできない細かなお話も数多く含まれています。こういった類の不安を抱えつつ購入を決意した本作はしかし、それらの不安を吹き飛ばすほどのユーモアと幻想的かつ神話的な魅力を孕んだ名作でありました。また、著名なライターとしても知られるニール・ゲイマンの感性やヒーロー像が盛り込まれたその内容は、ダークナイトの「終わり」の物語を飾るにふさわしいものであり、ある種おとぎ話とも取れるこの展開にはメタ的な視点を含めて納得にいくものでした。この作品が僕にとっての新たなバイブルとなるのは確実でしょう。

さて、今作をオススメできる対象についてですが、ノーラン監督版やバートン版バットマン、あるいはNew52以降の作品や「Hush」等オールスター系の作品をある程度観賞したことのある方ならば誰にでもお勧めできます。バットマンというヒーローの「存在」や意義を深く考察したいと思いの方には是非読んでもらいたい作品となっています。