キカイダーREBOOTという特撮史上稀にみる駄作を見た


突然ですが、僕は「人造人間キカイダー」が大好きです。巨匠、石ノ森章太郎の最高傑作にして、童話「ピノキオ」をベースに善と悪に揺れ動く意志も持ったロボットの繊細な感情と苦悩を見事に描き切った秀逸な物語は、後世に名を残す名作として僕の頭に深く刻み込まれています。そんな大傑作キカイダーのリブートが持ち上がったのは2013年のこと。プロデューサーは悪名高い白倉慎一郎、脚本はこれまた悪名高い下山健人。こんな不安の種を捲いたかのような布陣に、お門違いといわれても仕方のないジャンルから選んだであろう監督…。不安だ、不安で仕方ない。でもね、ちょっとは期待したんですよ。だってキカイダーだもんまあ結局いかなっかんだけどね。で、公開される否や酷評の嵐、嵐、また嵐でありました。結果として、「行かない」という選択肢をとった僕の判断は正解だったわけですが、それから4年の後の2017年、つまり今年、僕は一つの決断をしました。「何かを得られるあろう作品は観ておこう」と…。今にして思えば、「観たい」という感情を何かしらの言い訳で武装し、正当化しようと思っての事だったのでは?と推測しています。さて、そんな決心の下鑑賞した今作でありますが、これが否定しようがない程の大大大大大駄作で、僕の心はまさに原作のジローよろしく、粉々に砕かれたのでありました。いやぁ…ひどかった。まさか人間の創造物でここまで悍ましい物が生まれるとは。嘘誇張抜きで東映の汚点である「スーパーヒーロー大戦」以来の衝撃を受けました

あらすじ

西暦2014年、ロボット工学が発達した未来の日本。ヒトには過酷な諸問題をロボットに行わせる事を主眼とした国家事業「ARKプロジェクト」が進行していた。

プロジェクトが最終局面をむかえようとしていた折、リーダーの一人である光明寺博士が事故で命を落とす。事故に重大な疑義を感じていた娘・ミツコだったが、やがて彼女と博士の幼い息子・マサルがナゾの存在によって襲撃。追われる身となった二人が窮地に陥った時、青年・ジローが追撃者の前に立ちはだかった。追撃者が強大な力を見せピンチになったジローは秘められた力を解き放つ。彼こそ光明寺博士が娘と息子を守るために二人の元に送っ人造人間・キカイダーだったのだ。

(めんどくさかったのでwikiから引用)

まず冒頭。ここからいきなり酷い。暗い場所でのアクションから始まるこの場面はニチアサレベルかつ変化のない冗長なカットが五分以上続き、この間のナレーションや別カットは殆どなし。飽きた頃にようやく人造人間の開発を担当する光明寺博士とギルバート博士の会話が挟まるのですが、マトモな感性を持った人間ならこのシーンだけで心は錆始め、作り手のセンスのなさ、映画人としての無能っぷりを疑い始めるでしょう…。素人目からしてもこのシーンは明らかに長すぎ、まるでZ級映画の尺稼ぎのように感じられました。ほんとにプロの作品なんですかね?高校生や大学生の作る自主制作レベルじゃないですか…。

冒頭十分弱でこんなに糞なんだから案の定というかなんというか、それ以降の場面もほとんど糞でしたよ。次に映し出されるは今作のヒロイン、光明寺ミツコ。その初登場シーン…なのですが、やはりこれもひどい。まるで実写における糞改変を体現したかのごとく続く頭の痛い会話のオンパレード。おまけにこのヒロインの脳内も「現実の男たちは本気で女性を愛してないから、私は漫画の世界の王子様にあこがれる」なんて考えるお花畑なんだからたまったもんじゃない。(期待してなかったけど、)監督や脚本家はほんとに原作を読みこんだのですかね?もしちゃんと読み込んだうえでこんな糞をひねり出したとすれば、我々とは違った別次元の感性を持つ生命体なのでしょう。…いや、読み込んでる(断言)。なぜならこの直前のシーンで、ミツコとその弟マモルが描写もなくいきなり死んだ光明寺博士の墓参りに来てるのですが、このシーンで雨が降ってるんです。雨とは、原作キカイダー第一話で最初に描かれた天候であり、鬱屈した博士の心とこれから始まる悲劇的な物語の象徴として機能していました。…そんなところをトレスしなくていいんだよ!!いや、裏を返せば「これから始まる悲劇的な物語を表してる」ともとれるので、決して無駄な描写ともいえないですね(白目)。

さて、画面変わってお花畑ミツコは帰宅し、食事の準備を始めます。この間、時代錯誤にもほどがある性格設定となった弟のマモルは一言も発することもなく部屋に引きこもります。なんでこんな性格設定にしたんですかね。「暗い話にしないとウケない」「キャラの性格も現実的でないと面白くない」、なんて本気で考えたるなら、まじめに原作もち作品映画化の勉強不足に感じます。などど邪推に浸ってるうちに、唐突にマモルの部屋に工作員と思わしき戦闘服に身を包んだ男たちが!!たぶんこれ、スタッフとしては衝撃を与えるための場面として作ったのでしょうが、見てる側からすると黒い物体がスローモーでゆっくりとガラスをぶち破ったようにしか見えないので正直爆笑を禁じえませんでした。本作はこういった「場違いの衝撃」的な場面が多々見受けられ、その大半がスタッフの自己顕示欲の表れのごとくバンバン挿入されていきます。、すさまじいのが、どれ一つとしてシリアスな描写としてそれが機能せず、ただただ滑稽で寒い場面にしか見えず、鑑賞側のシュールな笑いを引き出すことにしかならなくなっているのです。その最もたる例が後述するアクションシーンで発せられる名(迷)セリフ「きかいてきににいこーかーーーー」。これ、本気でかっこいいと思ってるんですかね?ロボットの無機質さを表現するためなのか、言い方も棒だし、そもそもジローっぽくないし、これらの稚拙かつエゴイズムに溢れた場面から作り手のいい加減さや中途半端さが垣間見えます。このほかにも挙げればきりがないレベルでカッコよさと滑稽さを理解できてない中途半端なシーンが各所で挿入され、適度な感覚で失笑を誘ってくれます。ほんとにここらへん、作り手の感覚のズレと認識の甘さが全面に出てきて、見るに堪えない出来栄えとなっています。

で、その問題のアクションシーンに突入するわけですが、これも正直ほめられません。この映画を評価するうえで、アクションの出来栄えを上げる方が少なからずいます。僕も、東映特撮の集大成ともいえるこのキレッキレのアクションは純粋に評価したいと思います。でもダメなんです。それはなぜか?答えは簡単で、機械らしい重々しさが皆無だからです。洋物にしろ和製にしろ、ロボットという無機質な存在でアクションを行う場合は、それなりのリアリティを必要とすると考えてます。そこに人間らしい動き、つまり虚構の部分をどれだけ落とし込めるかが重要なわけで、その代表例が「ロボ・コップ」や「ターミネーターー」と言えるでしょう。最近では「リアル・スティール」なんていう名作もありましたね。さて、本作の場合、90年代に「人造人間ハカイダー」という完ぺきな見本が制作されたにもかかわらず、それらの要素を完全に捨て、よく言えば人間を超越した、悪く言えばいつものニチアサレベルに毛の生えた程度ものに終始してます。これによって独特の緊張感や重々しさなどは消滅し、SEの機械音も滑稽に聞こえ、腕を破損するなどの負傷シーンにおける痛々しさを全く感じることができませんでした。また、全編通してアクション中のみやたら画面が暗く、キカイダーたちの姿がうまく捉えられません。アクションやヒーローの活劇を中心とした作品において、これは完全に演出ミスなのですが突っ込むスタッフはいなかったんですかね?まさか全員揃ってこれを「カッコいい!!」なんて思い込んでたとしたら、脳死にも程があるでしょう。そんなシーンがながったるしく続くわけなので、気分はマイケル・ベイのしつこい爆破シーンを見せられてるような感じ。「ロスト・エイジ」への既視感を感じたのも単なる偶然ではないでしょう…。それだけにとどまってればよかったものを、主要人物のバカ二人の行動によってこの戦闘シーンの滑稽さへさらに磨きがかかります。まず変身した時にマモルが「すっげぇ…」というなんとも言えない感想を漏らします。そしてミツコは事あるごとに同じことに対してオーバーなリアクションを取り、失笑を沸かせてくれます。まあ一回だけなら許容できますよ。でもマモルに至っては、痴呆かと疑うレベルで「すっげぇ…」という足りない言葉を吐き、場の空気を濁す存在として演出されていきます。展開を見るに、どうやら作り手は彼を狂言回し的なポジションとして置きたかったようですが、完全に失敗してますね。余談となりますが、この時の初変身があまりにもインパクトに欠けるものであって、ヒーローらしいカタルシスやヒロイズムを微塵も感じさせない凡庸以下の画面作りとなっていました。通常、こういった場面であれば雰囲気を度外視してでも迫力満点のシーンを持ってくるべきなのですが、どうやら監督や脚本はヒーローという存在を知らないようです。でなければ、こんなにも寂しい場面は作れないでしょう。

とは言いつつも、そこはやっぱりヒーローらしく敵のメカをぶっ壊してミツコたちを鳩首するジロー。ですがなぜかここから別行動。三人が合流するまで長い時間はかかりませんでしたが、この場面転換は明らかにまずかったでしょう。そうでなくても、この作品はおおよそプロが作ったとは思えないような継ぎはぎだらけのカットが目立ちます。数秒間の暗転はお約束で、話の筋が中途半に途切れるのも常だったりします。加えて、キャラ周りの描写選びが全体的に荒削りで甘い部分があり、あからさまな伏線として仕込んでいたであろうキャラがばったり登場しなくなったり、思わせぶりなだけで、その設定に全く触れられない奴もいます。そんなガバガバな設定が祟ってか、場面だけ切り抜いてみれば悪くないものの、中盤以降の放浪のシーンはやや心理描写に欠けたものとなっており、今作のテーマである「機械との恋」や「善と悪で揺れ動く心」に対する説得力を与えられずに終わってしまいます。正直中盤に関してはアクションの糞っぷり以外に書くことがないので、ここから一気に終盤に飛びますが、ここでの演出不足が後のちに響いてきます

ではその終盤について観ていきましょう。一度敗退したジローは、身代わりとなって拘束されたミツコたちが無事に解放されたを知り、自らの任務の終了を感じ取ります。ミツコも別れ方が気になったのか、思いが芽生えつつあるジローから身を引くことを決め、元の学生生活に専念するようになります。ここらへん、下手糞な演出に目をつぶれば、正直見れないこともありません。が、やはり中盤での演出の薄さが尾を引いてるのか、いまいち感情移入ができません。さて、ところ変わって日本のロボット工学の未来を担う「ARKプロジェクト」本部。自らの優位性を証明するがために、ロボットに脳を移植し、人造人間ハカイダーへと変貌を遂げたギルバート博士ことプロフェッサーギルは暴走状態に陥り基地を破壊し始めます。これを知ったジローは、自らが決着をつけるべき最後の相手とし、ギルのもとへ向かいます。しかしここでジローの修理に携わったおっさんから衝撃的な一言。「良心回路を外さないとハカイダーには勝てない(要約)」。…え?それでは本作の趣旨として正反対ではないのか?ジローはそんな言葉を真に受けてか、悲壮な顔でギルのもとに向かう決意を固めるのでありました。再三言ってますが、やはりスタッフたちはキカイダーのことを全く分かってないんですね

そして本部跡地。すっかり廃墟と化したこの場所に、ハカイダーはただ一人たたずんでました。そこへ、ギターのメロディが…。今更かよ!!知らない方のために補足すると、キカイダーはテレビ版や原作版においてギターを弾きながら現れるというのが常だったのですが、まさかの終盤でこれを挿入するとは思いませんでしたよ。僕個人としても完全に忘れてました(あと、ちょっとカッコいいと思ってしまったのはここだけの秘密)。そんな二人は互いを激しくにらみ合い、ついに激突開始。ああだこうだアクションに文句は言ってきましたが、キカイダーとハカイダーの死闘には純粋に期待していた自分がいたので、なんだかんだ楽しめると思っていました。…いやぁ~酷い!最後だからって気を抜いたのか、見どころはあるもののギャグにしか見えないその戦闘は滑稽という域を軽く突破し、体を張ったコントの領域にまで到達していたといえます。そんなこんなしてるうちにジローへの愛を自覚したミツコが到着。愛やら恋といった必要不可欠な要素の積み重ねのなさが響いたとはいえ互いの思いを確認し、「人を守るという使命」に完全覚醒したジローは良心回路を切ります。いやぁ、やってしまいましたね。僕自体は良心回路のシャットダウンに肯定的な意見を持っていたのですが、これはさすがに唐突すぎました。でも期待を裏切らないのが本作のスタッフ。なんとここで、良心回路を狂わせる「ギルの笛」のハカイダーに使わせたのです。だから今更かよ!この後出し感。良心回路の有無や回路の暴走って本来は中盤で導入すべき描写に思えるんですよね。そうすれば、もう少し自然にミツコとの別れも描けたでしょうし、ロボットと人間との芽生えた愛がどれだけ悲壮なものかを納得させるに十分な説得力を生み出すことができたと思います。逆に言えば、この構成が原因で中盤の薄っぺらさが作られてしまったといえます。つまり、終盤にすべてを詰め込みすぎたのです。で、お得意の長すぎるカット。こういった負の積み重ねが的確に滑稽さを助長していき、ついにとんでもない領域にまで達してしまったように感じますね。で、ミツコへの思いから笛の誘惑を振り切ったジローはついに必殺の「電磁エンド」を放つのですが、なぜかこれを自爆技に変更。(もういい飽きましたが、)これまた水増しにしか思えないなっがいなっがい同一カットでハカイダーとの決着を描き、ミツコによるキカイダーの修復を示唆して物語はまるで打ち切り作品のごとく唐突終わりを迎えます。そう、ここで終わっているのです。信じられませんね。最後の最後まで素人くさい冗長なカットは解消されず、カタルシスも減ったくれも感じない戦闘が続き、すべてが尻切れトンボのごとく終わりを迎えたといえます

とどめと言わんばかりに、最後の最後で流れる「ゴーゴーキカイダーVer,2014」。…そんなファンサービスいらないんですよ。いやらしいのはここで画面に映されるダークのロボット軍団が原作版キカイダーに登場するメンツということ。これはほんと悪意を感じましたね。ここからは如何にもスタッフが「わかってるでしょ?」と調子に乗ってるであろうことを連想しました。わかってないからね。こんなので本編が帳消しにできると思ったら大間違いであります。…とまあ、細部まで見渡してもくそしか発見できなかったREBOOTですが、領土問題や諸国問題の効率的な解決を目的としてアンドロイドが開発されたという経緯などは現代的なリアリティを感じましたし、自己顕示欲満たすために自らをロボットへと変えたプロフェッサーギルの狂気や旧来の「強い」イメージを崩さなかったハカイダーの姿などは正直良かったと思います。部分点をあげるとすればここら辺からになるでしょう。まあこういった優れた点もほんっとに細部にしか存在しないですけどね。

多数のファンを持つ作品を現代風にブラッシュアップし、納得のいく作品に仕上げるというのはやはり至難の業なんだなと痛感しました。とくに日本の場合は企画立案から実行に移す段階でなにかしら深刻な問題があるようにしか思えないので、向こう数十年はリブート企画に手を付けてもらいたくないですね。では最後に全体点です。う~ん…100点中…10点ですかね?この十点は上にあげた三つの評価点のみです。正直僕は新キカイダーの行き過ぎたデザインやキャスティングにも納得してないので、これくらいが妥当に思えます。まあこれは、僕が重度のキカイダーオタクだから、というのも大きいでしょう。やはり人は愛ゆえに狂う存在であると、改めて実感できた作品でありました。ありがとう!キカイダーREBOOT!