センスが悪いと言われた話


      いいセンスだ

…なんて台詞を、かっこいい髭面のおっさんから言われたいもんです。さて、この前ツイッター上で「見る目がない」と言われました。見目がない、と言うことはセンスが悪いと言うこと。センスが悪いということは、好きだと言う作品の傾向が良くないと言うことですね。しかし、これって仕方のないことだと思うんです。人のセンスとは、育ってきた環境や見てきた作品群で大きく変わります。ゆえに、そのときに好きになる作品、嫌いになる作品も千差万別、人の数ほど存在すると言えます。

その中でも、最近特に痛感したことはアメコミや映画を見て育ってきたか、特撮やアニメを見て育ってきたかでだいぶ一作品への解釈や抱く感想が異なると言うこと。前者は複数の「if」や意外性や不幸を兼ね揃えた展開に理解が強いと言うこと、後者は人物同士の衝突やバッドな展開に否定的で比較的ハッピーな展開を好むと言う地祇が見て取れました。双方の好みの違いを理化し、知らなかったものを通して互いを高めあうような関係いなれたらかなり理想的ですね。

また、人の意見を聞いたことで、今までとは別の視点から作品を見るようになると言うことも全然ありだと思います。しばし、そういった態度を「手のひら返す」と言って侮辱する人がいますが、僕としてはその変化は「成長」として受け入れたいです。寧ろそういった悪い方向にしか物事を捉えられな人は悲しいですね。感性や考え方は日々変化していきます。中には、過去の発言を反省し、新しい捉え方で作品を評価しようと行動する人も多数いることでしょう。僕はそういった人たちを尊敬したいですし、応援したいです。

多様化するネット社会の中には、今の例に挙げたように過激でマイナスな意見を持つ人や、時に個人のセンスを否定するように方々もいます。しかし、そのセンスや感性はその人オリジナルのものであり、完全一致すると言うことは殆どありません。もし、同様のことを言われて自分の作品評価に懐疑的なっている方がいたら、自身を持ち直すことをお勧めします。繰り返しとなりますが、その感性はあなただけのものなのです。もちろん、これから成長する過程でその基準が変化し、好きだったものが嫌いに、嫌いだったものが好きになう可能性もあります。そういった変化も「成長」として捉え、日々をすごしていってほしいですね。と言うことで、自分のセンスは大切にしようと言う話でした。