友人と一緒に銀河鉄道999を数年ぶりに見ました


号泣必須

先日のこと、ツイキャス内で友人と「銀河鉄道999」の視聴キャスを行いました。これまでにお勧めされた作品の傾向から、割と好むが会うことが分かっていただけにこの作品への評価が非常に楽しみだったのですが…いや~、僕が先に泣いてしまいました(笑)。数年ぶりに感じる銀河鉄道の内容は、音だけの情報にしても新鮮なものに思え、友人への解説をしつつ、自分に対する作品の再確認を行っていくような状態となっていましたね。

さて、そんな本作「銀河鉄道999」ですが実は劇場版が二作存在します。というよりこの劇場版が今日に至る銀河鉄道のイメージを確立した作品であり、まさに完全版と言えるに相応しい名作であります。長すぎる原作、そしてアニメ版を丁寧に脚色、圧縮し、主人公星野鉄朗の成長劇に必要な要素を抽出したそれは、まさに無駄のない完璧な構成となっており、一人の少年の青春を儚くも美しく描き切っています。特に今作の根底に据えている「大人への成長」は正直原作以上に描写されてるといえ、しばしそれは「別れ」という形でいたるところに現れます。

一作目「銀河鉄道999」では憧れとの出会いと人生の探求、少年という夢を見ている時代からの脱却として、二作目の「さようなら銀河鉄道999」では青春という儚い幻想との別れと大人として現実を受け入れるための成長としてこの「別れ」が描かれてきました。いずれの場合にも、メーテルという憧れの存在を青春の象徴として映し出すことでその儚さを強調しています。別れの際の二人の関係が二作で対になってることも描写的な裏付けになってるといえます。

こういった儚き思い出や人生の意味の発見というテーマを丁寧かつ秀逸に映し出されてきたからこそ現在でも名作としてその存在は輝いており、見た人々の心に強く焼きつくのだと思います。正直なんでこういった作品が巷では話題にならず、民放でも放送されないのかほんとに理解できません。ジブリ、ディズニー作品の良作、傑作が数多くありますが、ここまで青春を美しく描いてる作品はそうはないでしょう。影響に個人差があれど、大きな衝撃を与えることは確かでしょう。それを数年ぶりに観ることで、改めて認識することが出来ました。しばらくはツイッター上で「銀河鉄道おじさん」となって今作を布教するつもりなので、よろしくお願いします。

※「おじさん」→オタクの俗称。