妄信的な集団の誕生は作品の終焉を意味する


特定の作品を好きになり、その作品への感想や考察を日々つぶやく。時にはそのシリーズのいい点悪い点を確りと見定め、指摘することができる。そういった態度はあるべきファンの姿であり、理想像の一つともいえますね。しかし、世の中そんなファンだけが存在するわけでなく、時には他人に迷惑をかける連中もいます。つまり、希望通りにならないようにこの世は複雑化されているというわけです。

そんな数多くのファンの中でも、ひときわ面倒くさい存在がいます。それは「信者」です。信者、この言葉を辞書で引くと「特定の宗教に対して信仰をもつもの。ある人物に傾倒し、その人物の言葉を熱心に信奉する人」と書かれています。こと作品の信者についてはどうでしょうか?そう呼ばれる大多数が作品の悪い点を認めず、むしろ指摘した人物を徒党を組んで中傷し、その作品のなすことはすべて絶対と捉える存在として認識されています。ここまで強烈かつ熱心な作品愛はある意味褒めるべき点なのかもしれません。しかし、それと悪い点に目を向けずよい評価しかできないという事は全く違います。作品は人に見てもらう物です。当然、その中には褒めるべき点、不満に思う点が存在します。そういった箇所に目を向け、正しい批評をすることが結果としてよい作品作りにつながっていきます。というかそれが当たり前のはずなんですよね。

近年は、「特定」のジャンルに関して異常なまでの信者と呼ばれる存在が増加したように思えます。公式側もこれ調子をよくしたのか、明らかに媚びたかのような演出をなすことが増え、これに喜んだファンを見てさらに悪乗りを繰り返すという無限ループを繰り返しています。これは結局作品の幅を縮め、一部の狭い界隈のためにのみ存在しているような状況を招く結果にもなります。結局のところ、こういった悪乗りを肯定する動きこそが作品の質の低下へとつながり、挑戦ではなく惰性で作品を続けているような状況へと向かっていくこととなります。こうなるとほんとに取り返しの付かないことになりますね。残念なことに、異常なまでの人気が祟って、早くもその傾向になりつつある作品がつい先日も現れました。作品自体はよいのですが、いわゆる取り巻きと呼ばれる人種の行動が常軌を逸しており将来的な危険性を多分に孕んでおります。この流れが続くようでは、最悪シリーズに直結するのではないかとという不安もあります。信者を名乗るのは結構ですが、こういった危険性を配慮しての行動、発言を心掛けてほしいですね。