斬新なテーマのいちいち必要か否か?


近年の特撮界隈に目を向けてみると、しばしこの話題で場が盛り上がってることがあります。なんでも、「作品には大きなテーマが必要であり、その実態は複雑かつ深いものでないといけない」そうです。…めんどくさい話ですね。これは特撮に限った話ではありませんが、僕は作品においていちいち大きなテーマをそこに置くという行為は不要に思えます。なぜなら想定以上の問題定義を作中に忍ばせたことで、整合性とカタルシスは失われ、納得しているのは作者だけと言う事態を何度か見てきたからであります。その殆どが、キャパ不足ゆえに内容を持て余し、うまくテーマを繋げなかった事にあります(中にはあからさまな失敗を失敗と思わない人物もいますが…こういった人種が一番困る)。

ゆえに、この「斬新なテーマ内包」とは、その能力に見合った方がなせる特権に思えます。つまり、肉付けすべき点を捨ててまで、斬新さに走らなくても良いと言うことです。いわゆる「失敗するテーマ」とはそういった点に問題があったのではないかと思います。つまり、目先の意外性ばかりに目が行き、当たり前だけど重要な基本に目が届かなかったということです。本来、こういった点を配慮して初めて「意外性」を狙えます。王道を理解してる人ではなければ、アンチ王道、邪道は描くことが出来ないのです。

もちろん、これは個人の考えでしかありません。「いや、そんなはずない!斬新さは狙えるはずだ!」と言う方はそういった考えを持ったままでよいと思います。しかし、常に存在する真理とは王道あってこそのカタルシス、以外栄と言うことです。この点は注意してもらいたいですね。…という非常に個人的な考えをまとめた記事でありました。