映画 バットマンリターンズ 感想

2016年06月8日

ティム・バートン版バットマン第二作。異形の怪物ペンギンの目論みとは…

本作はティム・バートン監督が録った二作目のバットマンであり、前作以上に監督の持ち味が発揮された映画である。15年のアカデミー賞やゴールデングローブを受賞した映画「バードマン」でも一部ネタにされてるため、今作を知ってる方は多いのではないだろうか?(自分で言うのも何だが、)バットマンフリークである私も以前に本作を観たのだが、幼かった私には難解で、今一物語にのめり込めなかった。
時を経て現在、物語の解釈を試みて再挑戦を開始して今に至るのである。果たして、その成果は…?

〈ストーリー〉
ジョーカーを倒し、平和が戻ったゴッサムシティに新たな危機が迫る。人間への憎しみが募る、奇怪な怪人ペンギンの襲来だ。市民への信頼と言う別方面からのゴッサム侵略に手を焼くバットマン。そしてペンギンに加えて、謎の美女怪人キャットウーマンも登場する。失われた信頼と仮面に支配されたものたちの物語がここに始まる…。

〈感想〉
さて、そもそも何故この映画への再挑戦を挑んだのか?話はそこから始まっていく。それは、現在最も日本で影響力を持つと言われている映画評論家、町山智浩氏の解説を聞いたからに他ならない。氏曰く、今作はバートンらしい楽しい行事の破壊に埋め尽くされていると言う。なるほど確かに行事そのものであるクリスマスの破壊が多いような気もする。ダークファンタジーの要素がより強く感じるのも、おそらくソコに答えがあるのだろう。

氏の解説で最も耳を傾けた点は、今作におけるバットマンの位置付け。結果としてペンギンの悪行を暴いたと言え、前半のバットマンは彼の邪魔ばかりしている。コレはパッと出の怪人が、ゴッサムのために身を粉にして自分より人気があると言う、嫉妬に近い感情が働いたのではないかと解釈している。なるほど確かにそれはありそうだ。悪人と決めつけ、その証拠をがむしゃらに探すバットマンの様子は、ある種の滑稽さを感じさせる。

そもそも、バットマンことブルース・ウェインも何処かおかしな人物であることは変わりない。最初は復讐や自警のために被っていた仮面が、いつの間にか素顔にすり変わっている。つまり、依存の象徴になっているのだ。コレはノーラン版でも描かれた解釈ではあるが、バートン監督のリターンズではその面を一層強く描いてる。それは後半の仮装大会のシーンである。ここにはキャットウーマンも登場する。二人の関係はやはり恋愛関係である。しかし、何故か二人は仮装をせず、素顔のまま踊る。そして正体を悟っていく。ここまでの流れが非常に美しく描かれているが、二人にとってこの素顔こそ仮装であり、本当の自分とはコウモリと猫の仮装をした怪人なのだ。要は似た者同士の傷の舐め合いである。あくまでも自己解釈。しかし、描写を見る限り、それを監督は表したかったようだ。

最後のシーンからしてもそうで、本作は物悲しさと失われていく物に満ちている。バットマンもペンギンもキャットウーマンも、何かを失った象徴として我々の目に焼き付く。なんとも言えない無情な気分に浸る今作は、そんな嫉妬や人の被った仮面=内面がテーマだったのかもしれない…。