DCユニバース:リバース 「バットマン アイアムゴッサム」感想


悲しいまでに「正義」に執着し、渇望するヒーロー、ゴッサム。サイコ・パイレートの催眠術で翻弄された彼の心は、殺人をも辞さない狂信的な信念に従った行動をしていた。そこへ闇の騎士バットマンが舞い降りる。一度は全てを託そうとした存在、叶わないと思っていた「希望」を持つ戦士、そして守護神の後継者…。暴走を重ねた彼を止めるために、バットマンは最後の賭けにでる。

「ゴッサムを殺したいか?弱く、悪に屈するゴッサムを。何度も何度も失敗するゴッサムを…。私がゴッサムだ。私を殺せ!」

 

衝撃的な展開、悲惨な結末、そして救済へと繋がって行く物語。この三つは、バットマン史にとってそれほど珍しい物には思えないかもしれません。しかし、こと今作に限って言えばこの展開こそが、バットマンの存在を再定義するがゆえに必要不可欠な素材であり、ゴッサムという陰鬱に包まれた街を守って行けるのは彼以外にはいないという一つの答えを強調するための証拠であったと思えます。

そのような印象を受けた本作「アイアムゴッサム」は、DCコミックの新企画「DCユニバース:リバース」の始動に合わせて刊行された翻訳バットマン第一号。ライターはブルース・ウェインという人間の構造を深く掘り下げたスコット・スナイダーから、トム・キングへと交代し、彼の抱くを「バットマン像」を遺憾無く表現した作品に仕上がっていました。

今作にはゴッサムを守護する新たな戦士、「ゴッサム」と「ゴッサムガール」が登場します(そのまんまですね)。彼ら二人は寿命と引き換えにスーパーマン並みの力を発揮することが可能で、バットマンの執行する「善」に対する飽くなき憧れと、純粋な正義感に沿ってこの街に現れました。そんな超人の登場に、バットマン=ブルースは自らの役目の「継承」を真剣に検討し始めます。

ここで本作のテーマが「バットマンという存在の継承と再定義」ということが明確にされます。これを強調するためか、本作の前半ではバットマンというヒーローに対する市民の辛辣な評価がやたらと目立ち、人間の限界を行く彼の厳しい立場を表しています(余談ながらこの部分、ノリがまるで最終回のような雰囲気だったので思わずホロっとしてしまいいまし)。これについては彼も強く自覚していたようで、前述の継承問題も、主にこの点を考慮した結果として扱われています。ゆえに彼は若い二人の行いを見守り、先輩としてのアドバイスと励ましを精一杯捧げていきます。しかしここに来て、彼らの違いを明確化する大事件が発生します。

事件の主犯はサイコ・パイレート。神すら手玉にできる精神感応能力(テレパス)を持った彼の攻撃によって、ゴッサムは心の奥底に眠る脆弱な部分を呼び起こされ、暴走。街に甚大な被害を及ぼすヴィランとしてバットマンの前に現れます。対するバットマンは彼にこれ以上罪を重ねさせないために、ゴッサム・シティに起こった出来事の責任を背負う覚悟を決めます。つまり、彼ら二人の違いとは「恐怖」と「勇気」の持ち方だったのです。この部分は本作において絶えず描写されて来たもので、ゴッサムとの初めての出会いもこの二つの感情に関する出来事がきっかけでした。

「誰だって恐怖を感じる。だが忘れるな。つまりそれは、誰だって恐怖と戦う機会が持てるということでもあるんだ。勇敢になれる機会は誰にだって訪れる。」

本編回想におけるこのセリフは、今作のみならずバットマン史全体に輝く名セリフではないか思われます。またこのセリフそのものが、バットマンという仮面をかぶり続けるブルース・ウェインの心情を端的に表しており、恐怖に向かって立ち上がろうとする人間に対する彼の優しさが汲み取れます。この精神性と共に、バットマンがなぜゴッサム・シティの守護神として戦ってこれたのか?という永遠の命題に対してライターのキングは一つの回答を提示したかのようの思えます。精神性にも共通する問題でもあるのですが、これは覚悟の持ち方ではないかと考えられます。

劇中、この瞬間を含めてバットマンは二度、自らの死を覚悟します。どちらとも「ゴッサム」という街の精神と平和を守り抜くがためでした。この行動に彼の本質が隠されていたのです。つまり、平和を維持するためならば自分の存在すら疑問視し、説得のために命すら顧みない。この危ういながらに崇高な精神こそが彼が守護神たりうる理由ではないのかと結論づけられました。

いくつかのブログや評価サイトでも指摘されていたように、「継承」をテーマとしながら継承を否定した今作は、果たしてどういった方向に物語が進んでゆくのか気になる形で幕を閉じました。単発としても非常に完成度が高く、初心者でも玄人でも楽しめる、そして考えさせらるメタファーに富んだ内容に仕上がっていました。バットマンの存在をイマイチ掴めない方は、今作を読むことで一つの答えを見つけることができるかもしれません。こうして、またわたくしのコレクションの中に、素晴らしい蔵書が加わりました。この奥行き、テーマ、象徴こそがアメコミの魅力。それではみなさん、さようなら、さようなら、さようなら…。